田んぼからはじまるコミュニティづくり(食と祈りのアーティスト・勢〆ゆかさん)
(2024年1月28日公開)
田んぼからはじまるコミュニティづくり(食と祈りのアーティスト・勢〆ゆかさん)
日本人を、食と宗教観の観点から研究する勢〆さん。100人規模の親子田んぼ活動を実施するなど、日々の実践をとおして思索を深めています。他とは一線を画す、勢〆(せしめ)さんの田んぼツアーをのぞいてみましょう。
田んぼで共同作業、同じお弁当を食べながら仲間になる
「見て、ザリガニもいる!」
よく晴れた5月の週末、千葉県香取郡で100人近くの親子が田植えをしています。よく見ると、生き物観察をしたり、泥遊びに熱中する子どもたちも。昼には350坪近い2枚の田んぼに苗を植え終わり、農家さんが作ってくれたお弁当を農道に座って皆でワイワイと食べました。「腰が痛い」とつぶやく人もいますが、おとなも子どもも満足気です。
この田植えを主宰するのは、小学1年生の娘さんと参加している新宿区在住の勢〆さん。2021年から、田植えや稲刈りツアーを企画・運営しています。
「たまたまこの近くで参加した田植えで、ふと見たら横の田んぼがあいてるじゃん!って。この楽しさを、地元の友達と分かち合いたいと思ったんです」
一緒に参加するメンバーは、娘さんの保育園仲間。勢〆さんは子育てを始めてから、「都会にはコミュニティがない」と気づき、コミュニティ作りを模索しはじめました。そして長年にわたるライフワークである日本人の宗教観、季節行事の学びをとおして、「日本人は、食に関係する作業を一緒にしたり、それを一緒に食べることでつながってきた」と感じ、自分も実践してみたくなりました。
参加する子どもの大半は、田んぼ未経験の新宿っ子たち。この農家では、合鴨を放つ無農薬農法を行っているため、田んぼには虫や水生生物がたくさん生息しています。最初の年は、虫や泥に大騒ぎし、泣き出して田んぼに入れなかった子どもたちもいましたが、3年目は立派に田植えに参加。でも、たとえ田植えをせず、ずっとまわりで遊んでいたとしても子どもたちには価値ある自然体験です。
感情をゆり動かす田植え経験をめざしたい
最近は、数千円で手軽に参加できる田植えツアーも盛況です。けれど、それは一時的な「体験」や「消費」で終わってしまう、と勢〆さんは指摘します。
「私が目指しているのは、もっとエモーショナルなものが呼び起こされる経験です。田植えは共同作業なので、人と協力し、つながりが深まるという感覚があります。しかもそれがもともとある程度つながりのある人と一緒、という点が大切です」
このような背景から、人数次第では赤字になる覚悟をして、勢〆さん自ら必ずバスを手配し、農家に全員分のお弁当を作ってもらう企画を続けています。
「同じ地元の仲間なのに、車を持たない人が参加できないのは望ましくないと思っています。そのため、バスと自家用車を併用して集まり、現地で共同作業をして同じお弁当を食べることにこだわっているんです。バスを手配せずにそれぞれ現地集合すれば簡単だし、昼食も各自持参するほうが食中毒などの心配もなく、そりゃ楽ですよ。でも、それだとコミュニティにならないし、この体験の価値を最大にすることはできません。予算を組んで農家さんにお願いしてでも、皆で体験を共有したいんです」
また、日本人にとっての祈りの意味を考える勢〆さんは、田植えや行事の前後に、皆で土地の神社にお参りする習慣も大事にしています。
「初詣、墓参り、『いただきます』など神仏に手を合わせること、このくり返しが日本人の土台になっています。参加者のみなさんの1年間に新たなくり返しが生まれたら、すごく嬉しい。そんなくり返しの中で育った子供は、一時期グレることがあっても自分がいるべき場所へ、あるべき姿にきっと戻ってくると信じています」
行事の前には、土地の神様に必ずお参りする
こうして田植えと食をともにしてつちかったコミュニティは、勢〆さんを助けてくれます。
「ふだんから、昭和の長屋や公団住宅の子育てみたいにお互いに気軽に子どもを預けたり、任せたりしています。現代は踏みこんだ関係性を築くのが難しい時代ですが、子育てをとおして、こうした頼れる仲間がいるのは本当に助かっています。私だけでなく、参加者の皆さんがより気楽に頼り合えるようになればいいですね」
稲刈り、餅つき、しめ飾りづくりまで
秋の収穫では、手分けして稲を刈りとり、束ねて天日と風で乾燥させる「はさがけ」を行いました。今では滅多に見られない光景に、大人も子どももワクワクしていました。
雨の合間に稲刈りを行った
奇跡的に晴れた、稲刈り直後の田んぼ
さらに、はじめての試みとして、2023年の12月には地元・新宿で餅つきを行いました。もち米を蒸し、自分でついたお餅を手でちぎって丸めて味わう。全員、すべての工程を体験しました。杵(きね)と臼(うす)を初めて見る子ども、餅つきがはじめての大人もたくさんいました。
「この界隈でも町会でよく餅つきをしています。けれど、せっかくついた餅を丸めることもできなければ、自分がついたお餅を食べることもほとんどできません。せっかく餅をついたのに、最後にはあらかじめ使い捨て容器箱にいれられたお餅をぽんって配られて『私の作ったお餅はどこ?』って戸惑う子どももいますよね。こんなイベントひとつとっても、自分の食べるものがどこからきたのかを把握することが、自分自身の”確かさ”や”土台”を作るのではないでしょうか」
自分でお餅をちぎって、丸める
自分で作ったお餅を食べる
同じ日に、田んぼからとれた藁(わら)を用いたしめ飾りづくりにも皆で挑戦しました。現在は機械による稲刈りがほとんどをしめています。機械で刈りとられる藁は、細かく切り刻まれ、作業中に田んぼに撒かれるため、藁細工には使えません。縄を綯(な)い、しめ飾りや縄など藁細工ができるのは手で刈りとった稲藁だけなのです。
しめ飾りづくり
完成したしめ飾り
来年以降は味噌づくりも皆でやってみたい、と話す勢〆さん。
「今年は私とうちの子たちだけで、同じ田んぼで収穫した玄米から麹をおこして味噌作りをやってみました。米麹を買えば簡単なのですが、是非、麴作りからはじめたいです」
もっと田んぼに参加者を増やしたい?との質問に、勢〆さんは「地域コミュニティ作りが目的なので、参加者を大きく増やしたいとは思いません。それより、他で同じような活動をはじめる人が増えるほうが嬉しい」と答えます。
「理想は、新宿区に田んぼがあればなぁと。居場所や人間関係づくりにもなるし、子どもたちの学びの場にもなりますよね。夢みたいなアイデアだと思われるかもしれませんが、空き家の跡地など含め、可能性はあるはずです」
生きるために必要なことを田んぼで学ぶ。人間関係が薄れがちな時代のコミュニティづくり。田んぼの可能性は無限です。
取材・構成・文:岡本聡子(上沢)
PROFILE 勢〆(せしめ)ゆかさん
食と祈りのアーティスト。福岡県生まれ。早稲田大学卒業後、アメリカに留学し、現代美術を学ぶ。2009年、家業の仏壇屋に入社。2019年退社、現在は食と祈りの研究を日々行なっている。2児(11歳、6歳)の母(2023年12月現在)。
「日本人の食と祈り」 Webサイト
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